建設業の事業後継者に聞く。現場で『TORQUE』を使う理由とアトツギU34の魅力
    
    
    
    
    


中小企業の後継者不在問題が深刻化する中で、「後継ぎ」として奮闘する方々がいる。現状を打破しようと、タフな挑戦に向き合う人間を『TORQUE Style』が追いかけた。

65%の中小企業において後継者が決まっていないといわれている日本社会。一方で、後継ぎといえば、「ボンボン」「親の七光り」もしくは「親の借金を引き継いだ気の毒な人」など、とかく薄暗い印象で語られることが多い。しかし、誰よりも地元や事業の存続にコミットできる存在でもある。そんな彼ら後継ぎのポテンシャルを信じて、事業承継予定者の新規事業開発を支援するユニークなオンラインサロン「アトツギU34」事務局の浅野氏と、証券マンから北九州にある建設会社の後継ぎへ転身した白石工業の白石氏に、若手後継者がもたらす地域の未来について語ってもらった。


左:白石工業 取締役 白石 周朔(しゅうさく)氏
右:アトツギU34(一般社団法人ベンチャー型事業承継) 事業戦略マネージャー 浅野 哲也 氏

オンラインサロン アトツギU34

https://u34.jp/
一般社団法人ベンチャー型事業承継が運営する同族企業の後継ぎを対象にしたオンラインサロン。「家業の10年後の飯のタネを今まく」をコンセプトに、既存の経営資源を活用した新規事業開発を目的としたインターネット上のクローズドなコミュニティ。「1日でも早く挑戦を開始しよう」ということで入会時の年齢を34歳未満に限定している。

家業の10年後の”飯のタネ”を
今、蒔くコミュニィ
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浅野 「“アトツギ”は1日でも早く挑戦を始めよう!先代が元気なうちに、10年後のメシの種をまくのは今しかない!」ということで、全国で600人のアトツギが新規事業開発を目的に、オンラインやオフラインで毎晩のようにミーティングを行っています。特に地方は、地域の未来経済のカギを握るキーパーソンとして中小企業の後継ぎへの期待が高まっていることを肌で感じています。

ここ北九州も中小企業の街ですよね。会社に来るまでの街並みとか見ても、The職人の街ですよね。

白石 そうそう。なんせこの街は、朝が早いんですよ。みんな7時くらいから働いている。作業着を着ている人がそこら中を歩いているし、トラックも多い地域です。でも、僕は、もともと嫌いだったんです、作業着の世界が。そんな地元の街を抜け出したくて、熊本の大学に行ったんです。

浅野 家業を継ぐことはどのくらいから意識し始めたんですか?

白石 もともとどこかで意識はしていたと思います。姉が二人いて男は僕だけなんで、小さな頃から周囲の大人から後継者扱いをされていましたから。でも、父親と話すことがほとんどなかったし、「継がなくていい」と言われていたこともあって、継ぐ気はなかったんです。

前職時代に出会った
経営者の生き様から得た学び
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白石 就職先の証券会社ではオーナー経営者と話をする機会が多かったんですね。本業に対する熱意、社会に対する姿勢、従業員に対する想いなど、過去に相当な苦労をされてきたにも関わらず、満面の笑みでお話してくれるんです。会社の規模とか売上の大きさに関係なく、背負っているものがある人はイキイキしていた。かっこいいな、自分もいつかは経営者になりたいと思うようになったんです。そうなると起業するか、家業を継ぐかの二つの選択になりました。

白石 でも起業するほどの能力はない。とはいえ、このまま今の会社員の環境にいたら何も変わらない。そう思っていたタイミングで父から「いい加減に戻ってこい」と言われたんです。27歳の時でした。最終的に「後継者として戻る。本業ももちろん全力でやる。でも、新規事業も自由にやらせてくれ」と条件付きで提案し、父も「そんな甘くはないぞ」と言いながらも承諾してくれました。

浅野 なるほど。東京でスーツをビシッと決めて働いていたわけですから、大きな決断ですよね。実は僕も後継ぎなんですよ。それまでは、エンジニアとして働いていたから、建設業界で働く今は業界も暮らす地域も180度変わりました。

アトツギU34サロンのメンバーからは、「地元に帰るのもハードルが高かった」って声をよく聞くんですけど、先ほど子どもの頃は地元が嫌いだったって言っていましたが、白石さんは東京から北九州に戻ってくることに抵抗はなかったですか?

白石 確かに、大学から街を出たこともあって地元の繋がりも少なくて不安でした。でも前職の時に1年鳥取に赴任したことがあったんです。当時の世の中って、アベノミクスで好景気で沸いていた。でも鳥取は全然違ったんです。街に元気がなくなっていくなか、地元の経営者は危機感に溢れていて、地元のためになんとかしなきゃいけないと皆さんが口々に言っていた。地方の経営者のリアルも感じたというか。その時に、地元北九州への意識が生まれたんです。東京勤務時代には気づかなかったことでした。

白石 それと、クライアントの経営者から学んだことが大きかったです。「後継ぎと起業家は違うんだ。後継ぎは敷かれたレールがあるから穿った見方をされる。だからこそ起業家のようにがんばらなきゃいけないんだ」と。その言葉は、今も心に残っていますね。

現場の課題は「音」と「声」が解決する
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浅野 僕も家業は解体業だから白石さんの現場の雰囲気と近いんだけど、現場でスマホをどう活用していますか?

白石 普段の業務にスマホは欠かせないツールです。僕たちって工程通りに仕事を進めないとコストが大きく変わるから、業務連絡の電話にはすぐ出ないとえらいことになるんです。だから作業中のグローブのまま電話に出られる『TORQUE 5G』の「グローブタッチ」や「ダイレクトボタン」はすごく便利ですね。それに、現場は足場も含めて金属の硬いものだらけなんで、もしスマホを落としたりぶつけたりすると簡単に壊れてしまう。例えば今、会社で支給している他のスマホは衝撃に強くないので、先日も落として画面にヒビが入ってしまった。そんなことが度々あるんです。その都度、発生する修理代は会社として負担が大きいので、耐衝撃に優れた頑丈な『TORQUE 5G』は魅力的ですね。

あと、ものづくりをしている本社工場と現場がタイムリーに連携できるかがキモなので、電話連絡ってすごく重要なんです。担当者が電話に気づかないと連携に時間を要して作業が滞り、大変なことになりますから。移動中のトラックの車内が実はめちゃくちゃうるさくて、これまでは助手席にいても電話に気づかないこともしょっちゅうでしたが、『TORQUE 5G』は「フロントステレオスピーカー」から着信音が大音量で鳴るので気づきやすく、助かっています。

浅野 うちも解体業だから、とにかくめちゃくちゃ現場がうるさい。だから着信音に気づかないことも多いんです。視覚情報は現場には十分あるから、聴覚での情報がすごく重要。スマホの音や声が聞こえやすくなる機能で、現場の課題が解決できることって、もっとありそうですよね。

『TORQUE』の法人導入事例はこちら

https://www.kyocera.co.jp/prdct/telecom/office/phone/case/

現場を担っていること、そして若いということ。
その2つが、中小企業でありアトツギである強み。
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浅野 『TORQUE 5G』のコンセプトの「強い、は自由。」を聞いた時、自分たちが持つ「強さ」がなんなのかを改めて考えるきっかけになりました。後継ぎが家業を継ぐと覚悟を決めた想いが強ければ強いほど、家業という制約の中で自分らしさとは何かを自問自答する。でもその先に自由があると思うんですよね。

白石 『TORQUE 5G』を使っていると、ハード面の強靭さから「スマホを落としたり、ぶつけたりしたらどうしよう」といった余計な神経を使わなくて済むようになり、気持ちにゆとりが生まれます。まさに「強いは、自由。」なんですよね。

後継ぎになって社員がイキイキと働ける環境づくりを常に意識しているんですが、現場の職人に「どのスマホを利用してもらうのがいいか?」といった、道具の選び方にも気を配っています。『TORQUE 5G』を使って「スマホの存在を意識せず仕事に集中できる」ことが、どれだけ現場で重要かわかりました。これって、机に座って経営計画を練るだけでなく、今でも現場で職人さんたちと汗を流しているからこそ、わかる感覚です。

現場を担っていること、そして若いということ。この2つの強さが、中小企業でありアトツギである僕たちの強みだと思うんです。若さゆえに色々チャレンジできますし、まだまだ自分の言葉に重みがないから、先輩の職人さんとの会話が成り立たないこともあるけれど、少しでも多くの現場を知って、一緒に汗を流すことで、その強みに磨きをかけたいです。

浅野 僕らはまだまだポテンシャルもあるので、どんどんチャレンジしていきたい。僕らみたいなガテン系のアトツギは、先代や先輩職人に支えられているという精神的なゆとりはもちろんあるけど、それと同時に現場で彼らに鍛えられている(笑)。タフスマホの『TORQUE 5G』は僕らみたいな業界とは親和性が高いよね。

若者がイキイキと暮らす景色を見たい。
その景色をつくる
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浅野 最後に、これから白石さんが取り組んでいきたい、新規事業について教えてください。

白石 弊社は屋根やコンテナの製造技術と運搬のノウハウが強みなんで、移動型のサウナ事業ができないかと考えているんです。例えば山の中でサウナ事業を展開するとか。北九州って製鉄の街だから大気汚染の象徴みたいに言われていましたけど、最近は空がきれいで有名になった街でもあるんです。SDGsの流れもあるし、社内的には高齢化が進んで現場に出られない職人もいる中、工場でできる仕事を増やせるメリットもあります。

それと地方ってどこも景色が一緒じゃないですか。建設業と、地場の中小企業がその街の色を変えていけると思うんです。中小企業だからこそできる仕事の在り方を創る。それが私たちの役割だと思うんですよ。

浅野 後継ぎって、スタートアップの経営者と違って、先代がまだトップにいるだけに、独特の悩みや課題がありますもんね。でも承継予定のステージに立つ”アトツギ“だからこそできることがある。先代が元気なうちに次の時代の飯のタネをまくのは僕らの役割ですし、何より若いってだけで武器だと思うんです。自分がワクワクできる事業に家業の経営資源を寄せていけるかどうかは僕ら次第ですもんね。

白石 前職の先輩が言ってくれたことで、自分自身が大切にしている言葉があるんです。「人生の選択肢はイケてるかイケてないかの二択だ。かっこいい男になりたいだろう。イケてる方を選べ」と。

家業に戻る後継ぎになる選択をした時もそうでした。家業に戻れば、作業着でドロドロになるし、給料も減る。でもその先にある人生はどっちがイケてるんだ。サロンの壁打ちでボコボコにされるのも準備できてないのにピッチコンテストに出るのも、動かないより動く方がイケてるじゃないかって。そうやって選択を重ねていった先で、この街で若い人が夢とか希望を語りながら生き生き働いている景色を見られたら相当幸せ(笑)。

浅野 めちゃかっこいい!白石さんみたいな骨のあるアトツギが地域の街の色を変えていけば、日本の未来ってもっともっと面白くなりますよね。僕らが掲げている「アトツギベンチャーをカルチャーにする」というミッションは、白石さんみたいにアトツギベンチャーを志す全国のアトツギメンバーと実現していくものだと思っています。アトツギU34もオンラインサロンで共に切磋琢磨するメンバーをどんどん拡充して今年は1000人にしますよ!今日は僕も“アトツギ”の一人として大いに刺激を受けました。ありがとうございました。

編集後記

後継ぎという使命を背負いながら、現場に向き合い未来に向けて奮闘する全国の“アトツギ”。今回の取材では、既存事業で信頼を獲得しようと現場で汗を流す白石さんの姿に、家族の会社を継いだ後継ぎ独特の、「諦めない」気持ちの強さを感じた。タフな仕事や未来に立ち向かうアトツギと挑戦を続けるタフスマホ『TORQUE』に共通するのは「強さ」というキーワード。その「強さ」の先にある「自由」を手に入れるために、思いっきり働き思いっきりアグレッシブな人生を送りながら、新しい価値を生み出すアトツギベンチャーを『TORQUE Style』はこれからも応援していきたい。

Profile

白石周朔 (Shusaku Sihiraishi)
有限会社白石工業 取締役
1991年生まれ。北九州市生まれ。熊本大学卒業後、5年間のサラリーマン生活に終止符を打ち、父親が創業した、屋根や外壁を得意とする建設業の白石工業2代目として2019年に入社。スーツを作業着に着替え、早朝から日が暮れるまでベテラン職人に怒られながら技術を学ぶ日々だが、新しい事業の柱を打ち立てたいとオンラインサロン「アトツギU34」に入会。現場仕事を終えた夜間は、他地域や異業種で奮闘する同世代のアトツギと切磋琢磨しながら新規事業開発に挑んでいる。
◆有限会社白石工業 https://www.shiraishi-industry.com/

浅野哲也 (Tetsuya Asano)
アトツギU34(一般社団法人ベンチャー型事業承継) 事業戦略マネージャー
1989年生まれ、東京出身。前職ではエンジニアとして勤務していたコテコテの理系男子。サラリーマンライフという人生を全うすると思いきや、親が解体業を営む彼女と結婚したことを機に「マスオ型アトツギ」という人生の選択肢が出現したため、アトツギU34事務局のメンバーとしてジョイン。全国各地で“アトツギ”の新規事業開発を支援する環境整備に取り組みながらも、建設業と自分の専門領域を掛け算した新規事業開発を至上命題とする“アトツギ”の一人でもある。
◆一般社団法人ベンチャー型事業承継 https://take-over.jp/

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